2010-11年末年始セミナー特別教本《改訂版》 中道の教え、卑屈と怒りの超越 宗教哲学・21世紀の思想』 70p 目次 第一章 中道の教えによる幸福な人生 ・・・ 6 1 釈迦牟尼の中道の教え――苦にも楽にも偏らない幸福 ・・・ 6 2 苦楽表裏の教え――苦しみの裏側に喜びがあるという教え ・・・ 9 (1)楽の裏に苦しみがある――とらわれや自我執着による苦しみの増大 ・・・ 9 (2)苦の裏に喜びがある――とらわれの減少と智慧・慈悲の増大による幸福 ・・・ 10 (3)慈悲の化身・観音菩薩の誕生の説話――苦しみこそが慈悲の源 ・・・ 12 (4)慈悲の心の素晴らしさ ・・・ 13 (5)二つのタイプの幸福――他に勝利する幸福と慈悲による幸福 ・・・ 14 (6)健全な資本主義社会の維持のためにも ・・・ 15 3 日常のさまざまな苦の裏にある幸福を見つける ・・・ 16 (1)経済の不安――質素倹約・精神的な幸福の気づき・慈悲の芽生え ・・・ 16 (2)批判・中傷――学びの場としての人間関係を ・・・ 18 (3)挫折・失敗――失敗は成功の元と考え、目標を達成する強さを得る ・・・ 21 4 今この瞬間を楽しむ生き方 ・・・ 23 5 目標達成のための最高の境地――無心の境地 ・・・ 26 第二章 卑屈・妬みを超える慈悲・四無量心の教え ・・・ 29 1 優劣の区別がない大乗仏教の世界観――万物は平等な仏性の現れ ・・・ 29 2 視点を変えると、優劣が表裏であること ・・・ 29 3 優劣を超えるには、努力が前提 ・・・ 31 4 慢心の苦しみ ・・・ 32 5 卑屈を超えて、四無量心の教えに至る ・・・ 32 6 人と人の間の違いは個性であり、役割の違い ・・・ 33 7 性格の違いも、個性であり優劣ではない ・・・ 33 8 優劣を超え、人間存在を尊ぶことと、神仏との関係 ・・・ 35 9 日本人の優れた宗教性 ・・・ 35 10 科学に見られる神仏の存在の可能性 ・・・ 37 11 真の神の奇跡とは、毎日見る生命そのものでは ・・・ 38 第三章 怒り・憎しみを超え自己反省と利他に生きる教え 40 1 第一の教え ――悪いことをした人がいても、その人だけが原因で、悪いことが なされたわけではない(自と他の区別を超える自他一元の教えより) ・・・ 40 2 心理学が説く、自分の暗部の投影としての怒りの対象 ・・・ 41 3 怒りの対象を反面教師と見て、内省に役立てる ・・・ 41 4 反面教師として内省する方が、他人の悪行も止めやすい ・・・ 42 5 怒りより、哀れみ・慈悲の方が、他人の悪行を止めやすい ・・・ 44 6 憎しみは憎しみではなく、愛によって終わる ・・・ 45 7 第二の教え ――悪行をなす人は、悪い人だからではなく、無智だから悪い ことをなす(善人・悪人の二分化を超える優劣一元の教えより) ・・・ 45 8 他を害することは、本人に不利益がある ・・・ 46 9 悪い人もいつかは変わると説く、仏教の思想 ・・・ 47 10 悪人が徐々に善人に変わるという思想 ・・・ 48 11 第三の教え ――悪行をなした人は慈悲=仏から遠ざかるが、害された人は慈悲=仏に 近づける可能性がある(苦楽の二分化を超える苦楽一元の教えより)・・・ 48 12 怒りを超える=許しの恩恵 ・・・ 49 13 一元思想は、万物の尊重につながる ・・・ 50 第四章 盲信を超える宗教哲学:21世紀の思想 ・・・52 1 宗教哲学とは ・・・ 52 2 「客観的な事実」と「信じているにすぎないこと」の区別 ・・・ 52 3 客観的な事実以外は全て不必要、とは言えない ・・・ 53 4 真実ではなく、幸福の手段としてとらえる智恵 ・・・ 54 5 盲信しなくても、信じるメリットは残る ・・・ 56 6 宗教・信仰に逆支配されて争いが生じる ・・・ 57 7 盲信する人の内側に、密かに存在する「疑念」・・・ 58 8 真の「信仰の自由」とは、自らの中の信仰の自由・・・ 59 9 「崇拝対象」の違いによって生じる傲慢と争い・・・ 59 10 オウム真理教での経験から・・・ 60 11 神聖な存在は、それを体験する人の「中」にあるという思想・・・ 61 12 外側の崇拝対象は、「象徴」としての方便手段・・・ 62 13 釈迦牟尼は、宗教家ではなく哲学者・・・ 63 (1)自灯明・法灯明 (2)方便自在・対機説法・択法覚支 (3)無記と現世指向 14 盲信の原因である「虚栄心」の問題を超える ・・・ 65 15 盲信の原因となる「依存心」の問題を超える ・・・ 67 16 正しい学び方:依存と傲慢の双方を超える ・・・ 68 ※返品不可(詳細はこちら)