第34回心理学講義『ロゴセラピー 〜生きる意味の心理学〜』

第34回心理学講義『ロゴセラピー 〜生きる意味の心理学〜』

※教本の一部をご紹介します。


1.ロゴセラピーとは

ロゴセラピーの「ロゴ」とはギリシャ語の「意味」という意味であり、ロゴセラピーとは、生きる意味を見失い、絶望している人に生きる意味を見出す援助をする心理療法で、「意味による治療」と訳すことができる。

創始者は、オーストリアの精神医学者、心理学者のヴィクトール・E・フランクル。ユダヤ人であったフランクルは、ナチスの強制収容所生活を3年送っている。その体験をもとに書かれた『夜と霧』は日本語を含め17ヶ国語に訳されている。
フランクルは、生き延びたが、父母、妻は、強制収容所で死亡している。

ロゴセラピーは、フロイトの精神分析、アドラーの個人心理学と並び、心理療法のウィーン学派三大潮流とも言われる。また、心理学全体の四大潮流(第1の潮流:精神分析、第2の潮流:行動主義心理学、第3の潮流:人間性心理学、第4の潮流:トランス・パーソナル心理学:巻末資料1参照)でいうと、第4の潮流:トランス・パーソナル心理学に入る。(注:トランスパーソナルとは、「個を超える」という意味である)

ロゴセラピーでは、意味の喪失が、精神的病の原因となることがあり、意味を見出すことで、改善されていくという。そして、人はどんなに苦しい状況でも、そこに意味を見出せれば、耐え、生きていける。このことは、まさにフランクルの強制収容所での体験を現している。
しかし、ロゴセラピーは収容所体験を基にしたものではなく、すでにその前に、理論はほぼ完成されており、収容所体験が理論の正当性を検証することとなったという。


2.意味の喪失は現代社会の病理

アメリカの大学で自殺未遂をした学生の85%が「人生が無意味に思えた」ことを自殺の理由に挙げている。このうち93%の学生は、社会的活動も活発で、成績もよく、家族関係も良好であったという。
自殺は、アメリカの学生の死因の第2位である。そのことを考慮すると、上記のことは、人生の意味を感じることはいかに重要なことかわかる。
(注:1970年代後半のデータを元にフランクルが述べている。2012年のデータでは、自殺はアメリカの若者の死因の第3位である。)

経済的・社会的安定が幸福という思い込みは打ち消される。豊かになったからといって幸福になったわけではない。生きる意味の喪失=虚無感・むなしさという問題(実存的問題)が起こってきている。

人に、どう生きていくのがいいのかを教えてくれた伝統や伝統的価値感が崩壊していくことで、現代では、方向喪失に陥り、自分が何をしたいか、どう生きたらいいのか、生きる意味を見出せなくなっている人が多いという。

一方、いわゆる不幸と言われる状況のなかで幸福を感じている人もいる。フランクルは、受刑者からの手紙や、末期ガンの父親を看病する人からの手紙に、そうした人を見た。


3.ロゴセラピー3つの基本

ロゴセラピーでは、以下の3つを基本前提とする。これらは仮説とも言えるが、フランクル自身が収容所やクライアントなどとの関わりから得た実証とも言える。

(1)意志の自由
人間は様々な条件の制約を受け自由ではない。しかし、人間はその制約の中で自分の意志で態度を決めることができる自由を持っている。
極限状況で、それに屈服するか、立ち向かうか、それはその人が決断・選択できる。
強制収容所での体験がそれを裏づけている。飢えや寒さ、疲労、不衛生など極限の状況のなかで、エゴに乗っ取られ野獣性を現す人もいれば、思いやりなどの高潔な態度、聖性を現す人もいた。

ここで、このような反論があるかもしれない。決断の自由というが、ある決断をした場合、その決断自体が決められていたことであり、その人の自由ではないのではないか、という反論である。これに対してフランクルは、「しかし、この論法では無限後退に陥り、集結に至らない」として退けている。

(2)意味への意志
人間は生きる意味を探し求めている。それは、高い目標や意欲である。
意味への意志は、多くの研究者のテストや統計学的手法による研究によって、経験科学的に立証されてきた。
アメリカの国立精神衛生研究所の調査研究(48大学、7948人対象)では、78%の学生が「人生に意味を見出すこと」を第1の目標にしている。

ここで、マズローの欲求の階層説(巻末資料2参照)を考えてみる。マズローの階層説に基づけば、強制収容所などで飢えている状況では、第1の欲求(低い欲求)である生理的欲求が満たされていないなら、上位の欲求である意味への意志が生じることはないことになる。
しかし、収容所においては、過酷な状況のなかでも生きる意味を求める人たちがいる。自分を価値ある意味ある存在として感じることで、極限状況を耐えた人たちがいるのだ。

このようなことからも、意味への意志を人間は持っていると言えるのではないか。そして、それは、マズローの言う階層的な欲求を超えたものとして「意味への欲求」があると言えるかもしれない。

(3)人生の意味
どんな人にも人生の意味はあり、手に入れることはできる。
このことは、多くの研究者によって実証されている。各研究によれば、人種・性・IQ・受けた教育・環境・宗教などの違いに関係なく、どんな人でも意味を手に入れることはできるという。

意味を見出すということは、「現実の中に埋もれている可能性を知覚する」ことだとフランクルは言う。「自分たちの直面している状況に関して、(中略)、自分のなしうるものは何かを発見する、ということである。」(フランクル著『<生きる意味>を求めて 』春秋社より)と述べ、原理的には、どのような悪い状況においても、意味を見出すことはできるという。

また、苦しみが自分をよりよい自分に変えるなら、苦しみにも意味があると、収容所経験者は語っていると、フランクルは上記の著書で述べている。

さらに、「自分自身を変えることは、しばしば、自分自身を乗り越えることを意味する。自分自身を越えて成長する事を意味する」(フランクル著『<生きる意味>を求めて 』春秋社より)とも述べている。そして、それは苦しい状況のときにこそ生じる。

また、与えられた運命(多くの場合、苦しい運命)を引き受けることは、人生の意味を成就する機会であるとも捉えている。

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